地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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浅川、松川散策の写真メモから37

 浅川地区の散歩資料で、「浅川と喜熨三太郎秀房一座」とかかわるとされる辺りを散策したところだ。
 この辺りを、旧浅川村とのかかわりで眺めれば、中沢屋敷とかかわる辺りだろうか。
 「浅川、松川散策の写真メモから⑤~舟橋地区④:船橋観音堂」でもふれたように、旧浅川村の起こりは、5軒在家なそうで、古浅川村と呼ばれるそうだ。
 そのうちの宮屋敷、中屋敷、舟橋屋敷(尾形若狭)、古浅川屋敷辺りについては、ごく一部ではあるがふれていた。今回は、今までふれていなかった「沢の深い中沢屋敷」の一部にふれたということだ。
 ただ、今では風景としては開発された地域のように見えるが、古くはこの「沢の深い中沢屋敷」の耕地を潤すための中沢渠の水源地群の東端辺りの風景のようだ。
 そして、「沢の深い中沢屋敷」在家自体は、もっと東側の現上中沢・下中沢地域辺りなのだろうと思う。

a0087378_9342468.jpg これは蓬莱団地の道筋に上ってから眺めたところだが、ここに写るお堂が、「黒虫地蔵」なのだと思う。
 「黒虫」というのは、マムシの別名だ。恐らくこの辺りには多くのマムシが生息しているということなのだろう。それで、小心者の散策人としては、ここに立ち寄るつもりはなかったのだが、この写真を見る限りでは、その心配もなさそうにも思う。
 浅川の散歩資料によれば、昔は樹齢200年程の松がお堂を覆うようにかぶさっていたのだそうだ。幹回り150㎝程の太さだったそうだが、松喰虫の被害で昭和末年頃に切り倒されたのだそうだ。
 祀られた地蔵尊は文政年間(1818~1830)に清水町の人が彫ったものなそうだ。
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by shingen1948 | 2018-01-12 09:36 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)