地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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浅川、松川散策の写真メモから⑤~舟橋地区④:船橋観音堂③→宇佐八幡社

 半沢氏の「歴史地図」に案内された「和算額」を確認することで、金谷川村の最上流宗統派の和算に辿り着いたところだが、「信夫新西国三十三観音第十六番札所」については確認できていない。
 手持ち資料では、信夫新西国三十三観音第十六番札所は、松川町諏訪山の常光寺で、今回は立ち寄らなかった浅川平石の観音堂が第十七番札所だとされている。
 変更なのか、常光寺とかかわるという事なのかは今のところ分からない。

 「線刻三十三観音群」も見つからない。
 ただ、こちらは浅川平石の浅川観世音ではないのかなとも思っている。というのは、「松川町之文化財」に、この「御堂の後方小高き丘には、西国三十三観音の石仏多数ある」と紹介されているという情報があるからだ。

 今回の散策は、宇佐八幡神社までの確認にする。
 散策時に自然に撮っていた写真は、鳥居と平成5年に改築されたという白木の社だ。
 散策時の手持ち情報は「浅川地区の名所旧跡ちょっこら旅」の以下の紹介だった。

 「御本社は大分県の宇佐八幡宮祭神は誉田別名息長足彦命・息長足姫命=神功皇后=応神天皇の母、勧進は慶長14年(1609)に分霊された記録が宇佐八幡宮に残されています。東北で宇佐を名乗る八幡神社はあまりみられません」
a0087378_11254646.jpg しかし、今回の整理には中を覗かせていただいたこちらの写真を使う。
 整理する中で、半沢氏の「歴史地図」にある「文化2年(1805)本殿の彫刻に外社」という情報を得たからだ。
 「松川町之文化財」には、「文化2年(1805)8月14日再建する。本殿の彫刻は稀にみる傑作品といわれる。永年に亘り、風雨にさらされていたが、その後毀損を恐れ、有志相寄り本殿に外社を設け、永くその彫刻、その他の傑作の保存管理運営に勤めている」とあるようだ。
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by shingen1948 | 2017-10-27 11:27 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)