地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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浅川、松川散策の写真メモから⑤~舟橋地区③

 浅川沿いの道筋に沿って散策をしてきたが、黒沼神社辺りから浅川村の原風景のようなものを感じてきている。
 それは、「浅川」という水系にかかわって開けた耕地があって、その高地に集落があるという山村集落特有の特徴で、その集落と集落を結ぶ道に沿って散策しているという事だ。

 舟橋地区も同じような感じなのだが、「船橋観音堂」が案内される地点は、その浅川と集落を結ぶ道筋がクロスする。
a0087378_9141359.jpg この写真は、「船橋観音堂」が建つ丘を意識して撮っているが、ここは浅川が舟橋集落の高地と船橋観音堂が建つ丘の間を流れ出す地点だということだ。
 この先の浅川がその舟橋集落を回り込み始める付近が「鏡淵」ということで、そこは浅川村と関谷村との村界にもなっている。
 その「鏡淵」にかかわって次のような伝説が伝承されているという。

 その昔、安達から信夫にきた嫁が不縁になって、昔の米沢街道を泣く泣く実家に帰る途中、浅川の上流の関谷の八幡橋まで来て立ち止まり、がっかりして川の面を眺めた。それで、この橋をがっかり橋と呼ぶ。
 そして、嫁は「もうこんな鏡などいるもんか」と川に鏡を投げ捨てた。この鏡が流れ着いたのが、鏡淵であると言う。
 更に、帰る途中不縁になった怒りで、大きな石を重ね上げた。これが「重ね石」で、この三か所は、今でも花嫁の通らぬタブーの場所になっている。

 浅川村の浅川のスタート地点は鏡淵だが、ここから先に関川村の水路が続いている。がっかり橋は、その水路に架かる「関谷の八幡橋」という橋のようだ。
 その橋はよく分からないのだが、文意から旧米沢街道がこの浅川の先の水路とクロスする地点だろうと思われる。半沢氏の「歴史地図」と照らし合わせれば、先に整理したことのある「高鳥谷薬師堂」前の道筋辺りに架かる橋だろうと想像する。
 ここで流した鏡が、水路が回り込む鏡淵まで流れ着いてひっかかったというイメージかな。
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by shingen1948 | 2017-10-24 09:18 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)