地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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原町飛行場~長谷川信氏所属武揚隊隊長とのかかわり③

 散策したり、散策した人の軌跡をたどったりするのには、見取り図から地図に落として、遺跡として残っているものを確かめる必要がある。
 その資料となるものを探したら、「街道web」の「福島県浜通りの飛行場跡1」として、「原町飛行場」のページに、それを見つけた。
 http://kaido.the-orj.org/air/hara.htm
a0087378_1417955.png  遺蹟として残るのは、その飛行場全体の東側である事が分かる。
 具体的には、正門の門柱・軍堺標・雲雀ケ原神社(航空神社)入口標柱・第1~3格納庫の地面・第4格納庫のコンクリート基礎と地面・第5格納庫の南北両側のコンクリート基礎等が残っている事が紹介される。
 更に、正門の門柱の様子が紹介されている。

「南相馬市博物館」のページには、この中の当時の正門の門柱の様子と第4格納庫のコンクリート基礎・雲雀ケ原神社(航空神社)入口標柱が写真で紹介されていた。
 更に、原町飛行場関係戦没者慰霊碑銅像の写真等も紹介される。
 https://www.city.minamisoma.lg.jp/index.cfm/24,26513,137,html

 これで原町飛行場と陣ケ崎公園墓地慰霊碑訪れたきたむら氏の散策は大体追えたのだが、陣ケ崎公園墓地慰霊碑の位置確認はできなかった。
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by shingen1948 | 2017-10-13 14:20 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)