地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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示現(慈現)太郎神社を訪ねる②

 方向音痴であり、しかもいろいろなところからここに辿り着く道筋を確かめた事もあって、辿り着いたこの位置を確認しないと立ち位置が安定しない。
 「ここはどこ?」ということだ。

 確実な事は、ここは北進してきた「浅川」が東に回り込む地点であるということだ。「浅川」は、ここから東進し阿武隈川に注いでいるはずだ。
 ここには、北から流れてくる渠の水が、その東に回り込む「浅川」に注いでいる。

 いろいろ確認して分かったのが、この渠が「中沢渠」らしいということだ。
 そして、今回行き止まった地点は、その「中沢渠」が「浅川」に流れ込む地点にかかる橋の上ということだ。
a0087378_1022590.jpg これは福島県立医科大学の光が丘の東側の溜池の一つだが、福島県立医科大学の光が丘の北側の窪地からこの辺りにかけて沢山の溜池がある。この溜池群がこの「中沢渠」の水源地になっているようだ。

 「信達二郡村誌」浅川村の川の項には、この「中沢渠」について次のように紹介されている。
 「中沢渠:東部道坂に起こり(沢水を源とす)東南流し壷根淵に至って浅川に入る。長15町7間、巾4尺、田7町2段13歩に漑く」

 「東部道坂に起こり」とのことであり、地図上からも写真のような沢水を源とした溜池群がこの渠の水源地なのだろうと思われる。

 「信達二郡村誌」浅川村の川の項から「浅川」のこの地点の紹介部を確認すると「東流し村上山の南麓に至り逢隈川に注ぐ」とある。
 「地図で確認する限りでは、眼前の高まりは福島県立医科大学の光が丘の高まりと「中沢渠」の流れる窪地を挟んで対峙する蓬莱団地側の高まりが舌状に延びている地形にしか見えないが、「村上山の南麓に至り逢隈川に注ぐ」とのことなので、この高まりを「村上山」とみているのだろうと想像する。
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by shingen1948 | 2017-09-24 10:23 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)