地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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山中毅さんの訃報に接して⑭

 昭和33~4年に世界新記録を更新し続けた後の頃、山中選手が会津若松にやって来て、自分の母校に立ち寄ってくださった思い出を家族に語ったのは2年ほど前だ。
 多分、「家族に乾杯」というテレビ番組を家族で一緒に視聴していたのがきっかけだったと思う。
 その番組の中で出演者が出会った地元の方が、山中選手の家が近くだと紹介した場面があったと思うのだ。番組では、この事にはふれずに進行したのだが、自分としては、彼は今何をなさっているのかなという思いが起きて家族に話したのだと思う。
 それで、今回の山中毅さんの訃報の報道をみた家族が、声をかけてくれたということだ。

 家族に話している中で、その頃の楽しい思い出もいろいろ語ったのだが、真っ先に思い出して語ったのが、N先生演出で中学校の文化祭で菊池寛の「父帰る」の父の役を演じた事があるという話。
 自慢話の積もりだったのだが、家族の反応は、中学校の演題として内容的に似つかわしくないということと、当時マンモス校だったはずなのに、出演人数の配慮が足りないという批判になった。
 それでも、話としては盛り上がって楽しい会話にはなったという事だった。

 今回、山中選手の話のきっかけになったと思っている番組を紹介するページを確認しているが、今のところ山中選手にかかわる紹介部分は確認できていない。
 なお、山中選手のその後の経歴を確認したら、引退後もふるさとには戻らず、東京都内で活動なさっていらっしゃったことは分かった。
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by shingen1948 | 2017-04-03 09:04 | ☆ その他の話題 | Comments(0)