地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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奥州街道:境川から八丁目村へ⑧

 現在の水原川の流れは、本流が西光寺の北側を流れ、西光寺の南側を流れる支流がそこに合流するというように見える。
 しかし、本来の水原川の川筋は、西光寺の西側から南側に回り込んで流れていて、その川が街道を横切る所に橋が架かっていたという事だ。その橋を明治18年(1885)8月に石橋にしたのが「めがね橋」ということだ。
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 西光寺の南側を流れる川筋が、本流が西光寺の北側を流れる川筋に合流する地点に、「新堰改修碑」が建っている。ここに刻まれる解説を読むと、その辺りがかかわる事情を説明しているように思うのだがどうだろうか。

 「新堰改修碑」

 新堰ハ水原川下流ヲ横断スル處松川橋ヲ架
 シ四季清流ヲ止メ西光寺河原ノ一風致タリ防火用
 水トシテ亦頗(すこぶ)ル重要ナリシカ土俵止ニシテ年々水
 害ニ遭ヒ修理容易ナラス加フルニ上流数個所ノ堰
 ハ逐次改修セラレ水量愈々少キニ至レリ干時大東
 戦争滋二三年食料増産要切ナルモノアリ此現
 状ヲ遺憾トシ速ニ国家ノ要請ニ應ヘントシ昭和十
 八年堰下相諮リ改修ノ議ヲ決シ町富局ニ陳情町會
 ノ議決ヲ以テ県ニ申請補助工事トシテ採襗セラレ
 工ヲ起シタルモ資材ヲ費シ茲ニ竣工シタルモノナリ

 昭和20年1月建立

 題額並撰 信夫郡松川町長 阿部巳之吉
      信夫郡松川町書記丹治一郎
 石工 菅澤 上〇
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by shingen1948 | 2017-07-13 09:50 | ◎ 奥州街道 | Comments(0)