地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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山中毅さんの訃報に接して

 新聞を読んでいた家族が、「山中選手が亡くなったようだよ」と声をかけてきた。確かめると、以下のように報じていた。
 「山中毅さん78歳=五輪3大会の競泳代表、銀四つ【毎日新聞(2017年2月14日)】
 1956年メルボルン、60年ローマ、64年東京の五輪3大会の競泳男子代表で計四つの銀メダルを獲得した、自由形の元世界記録保持者の山中毅(やまなか・つよし)さんが肺炎のため東京都内の病院で亡くなったことが14日、分かった。78歳。葬儀は近親者で営む。
 石川県輪島市出身。輪島高3年でメルボルン五輪に出場し、金メダルを取ったオーストラリアのマレー・ローズ(故人)と激闘を演じ、400メートル、1500メートル自由形で銀メダルを獲得。ローマ五輪でも400メートル自由形のほか、800メートルリレーで銀メダルを獲得した。64年東京五輪では400メートル自由形で6位だった。
 引退後は東京都内でスポーツ企画事務所を経営するなどしていた。糖尿病に苦しんだ経験から、中高年を中心にした水中運動教室も開催していた。2000年シドニー五輪開催中は、毎日新聞でコラムを執筆した。
 
 シドニー五輪も興味はなかったし、元々、スポーツ欄は読まないので毎日新聞のコラム欄執筆には気づいていなかった。
 ネットで検索すると「山中毅のフリースタイル 『シドニー五輪 日本水泳の新時代到来』」の記事があった。そこに以下のような経歴が紹介されていた。
 「山中毅(やまなか・つよし)」
 1939年、石川県輪島市生まれ。60歳。メルボルン、ローマ、東京の五輪大会で、ローマ大会の八百メートルメドレーリレーも含め通算銀メダル4。日本競泳界の自由形の五輪メダルは、山中さんがローマの四百メートルで獲得して以降ない。輪島高から、早大、大洋漁業と進む。漆器の製造販売業を営んだ後、スイミングスクールの運営ほか、スポーツ企画の会社を設立している。

 ご冥福をお祈りします。
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by shingen1948 | 2017-03-05 09:59 | ☆ その他の話題 | Comments(0)