地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

平野村道路元標設置場所跡を探す⑤

a0087378_17444326.jpg 平野村道路元標設置場所は、大字平塚字堂ノ前16番地先であるとのことだ。その大字平塚字堂ノ前16番地は、この路地の奥らしいことも分かっていることだ。
 よそ者の散歩人としては、それならここをその候補地としてしまえばよいと思うのだがそうはいかないらしいのだ。
 この道筋の先は行き止まりで、道筋が続いていないようなのだ。新しい道路が開通したことに伴って分断したという事情でもないらしい。
 それよりは、飯坂街道が開通して、その奥の家からこの道筋に出るために設置された道筋といった経緯に見える。
 もっとも、先にも記したように、北沢又の三差路から新たに飯坂方面への道路が開通するのが、明治16、17年頃ということなので、平野村が誕生した明治22年にはこの道筋も存在していたとみてもおかしくはないが、どうみても里道ではなさそうだ。
 それで、地元に詳しい方々や専門とする方々は、「福島県の道路元標(小泉)」が平野駅設置に伴い改変れた道路との見方をしているらしいことでも分かるように、ここを平野村道路元標設置場所跡と推定することはないようなのだ。
 ここを平野村道路元標設置場所跡の推定地とするには必然性のようなものが希薄で抵抗があるらしいのだ。

 それでも、散歩人としては、ここを中心に遠巻きに周りの確認をしてヒントらしきものがないかをずっと確かめていたのだが、今のところその確信は持てないままだ。
[PR]
Commented by MASA at 2016-08-20 08:24 x
参考情報です。
福島(迅速測図 明治24年測量同年製版)に「○平野村役場」、福嶋(5万分1地形図:明治41年測図・明治44年11月25日印刷、同11月30日発行)に平野村役場を示す○印があります。上記地図での○印の位置ですが、住宅地図でみると平野字西海枝11番地又は12番地辺りになると考えられます。飯坂線平野駅、県道信号機西側の民家も堂ノ前16番地になるようです。平野字西海枝11番地又は12番地は、堂ノ前16番地のすぐ西に位置するので、「堂ノ前16番地先」にもなるように思われます。
また、「平野の伝承とくらし」P36「平野村役場」の位置は、「福島都市計画図(瀬上余目鎌田略図)※福島市都市計画課所蔵」にある平野村役場を示す○印の位置と一致するようですので、役場が当初の場所から移転したのではないでしょうか。住宅地図でみると平野字明神22辺りになると考えられます。
Commented by shingen1948 at 2016-08-23 14:52
情報ありがとうございます。
明治24年制版で、現JA北脇民家付近と読み取れるということでしょうか。信号機脇民家は、現16番地2のようですね。役場内の想像のようですが、役場はわざわざ16番地8とするようなので、当方はここではなさそうに想像しています。
「平野の伝承とくらし」が示す位置は、10年ほど前まで平野支所と公民館があった所で、なじみの場所です。
明治24年制版で、農協と消防団(火の見櫓)の位置が知りたいですね。
Commented by MASA at 2016-08-23 19:54 x
明治24年制版には、農協と消防団(火の見櫓)は記されていませんでした。
by shingen1948 | 2016-08-18 17:34 | Comments(3)