地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の鉱山36~信夫地方の鉱山⑨~高子付近の鉱山

 前回の記事アップ時に写真の貼り付けがうまくいかなかったので、後から貼り付けの作業や記事のリンク作業を行った。

 前回の整理で、高子付近の金山は「高子鉱山」、「富保鉱山」、「上保原鉱山」、「柱田鉱山」に加え、「帰雲窟」もその痕跡の一つかもしれないという感覚的な広がりを感じたところだ。 
 このことによって、先に箱崎愛宕神社の獅子舞の始まりの異説である箱崎愛宕山の金鉱山の工夫たちによって始められたとする説も気になりだしたところだ。
 その解説に、「金山は箱崎から保原柱田の山々に広がっており、伊達氏が開発したと伝えられる」とあった。
a0087378_253119.jpg 撮り溜めた写真を眺めていたら、箱崎愛宕神社から高子沼を眺める写真がみつかった。今日は、このことにふれた「福島の鉱山34~信夫地方の鉱山⑦~柱田鉱山」の記事にかかわって、この写真を眺めてる。
 この高子沼の奥に「高子鉱山」、「富保鉱山」、「上保原鉱山」、「柱田鉱山」が連なり、左手に「帰雲窟」のある高子山があるということになる。
 もっとも、この写真を撮った時点ではその意識はなかったが、……。

 今回の「福島の鉱山」整理でふれたのは鉱山の中の金山・銀山・銅山で、しかも、明治期と昭和期に探鉱された鉱山を中心だ。先の散歩でふれた中野や先達山の白土も「福島の鉱山」の範疇だと思うが、今回はそれも外している。
 歴史的に「福島の鉱山」を眺めたいと思う時、昭和期の「地の人」は今回の整理内容はすでに体験的にご存じのことだ。それで、この事にふれることなく歴史的な「福島の鉱山」解説が進められる事が多い。
 本来的に「風の人」である散歩人としては、このギャップを埋めてから散歩資料を読む必要があるのだ。今回は、そのための整理だったと思う。

 これで、「ふくしまの歴史」で中心的な「信夫地方の鉱山」として提示する「大笹生鉱山」の解説がようやく読めるようになったということだ。
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by shingen1948 | 2016-08-03 09:51 | 福島の鉱山 | Comments(0)