地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

福島の鉱山34~信夫地方の鉱山⑦~「柱田鉱山」

 手持ちの「福島の鉱山」資料では、「高子鉱山」の次に「柱田鉱山」が解説されるのだが、途中まで田。「福島鉱山」の資料がほしくてコピーしたものなので、そのページしかないのだ。今思えば、次のページもコピーしておけばよかったなと思う。
 全体の概要は分からないが、位置情報は確認できる。
 保原町から掛田町に通ずる県道の西側に分れ、伊達郡柱沢村柱田にあり、片状花崗岩を貫いてこれを被うた石英粗面岩中にあり、道路の北側葉山のものは走向N20°wで西に傾き、巾0.3m以内であり、その南方約1㎞の金山のものは、石英粗面岩中を南北に貫くもので、数条……
 この鉱山と今まで整理してきた鉱山の位置関係が分かるように、今まで整理してきた鉱山等が図の左端に示せるように配置した。
a0087378_8473385.png 「柱田鉱山」にかかわるものは、この図の右端に配置される。
 「保原町から掛田町に通ずる県道」とあるのが、県道349号線だと思う。それを赤線で示した。「これを西に分かれて伊達郡柱沢村柱田にある」とのことだが、「道路の北側葉山」それ自体は確認できないのだが、一応、柱沢小の北東の高まりを想像しておくと矛盾しないように思う。
 「その南方約1㎞の金山」は、県道を挟んだ「字金山」の山裾だろうと思う。

 「柱田鉱山」の概要が確認できる資料を探してみたが、なかなか見つからない。
 「だてめがね」というページの「箱崎愛宕神社」の案内に、この辺りの金山についてふれた次のような部分があるが、そこに柱田の地名も登場する。
 「金山は箱崎から保原柱田の山々に広がっており、伊達氏が開発したと伝えられる」とある。「箱崎愛宕神社の獅子舞」は、天文7年から始まるのだそうだが、これが箱崎愛宕山の金鉱山の工夫たちによってはじめられたとの説もあるということらしいのだ。

 この「だてめがね」では、先に整理した高子沼の鉱山関係の出土について以下のように解説する。
 昭和初期に高子沼の底から中世のものと見られる鉱石粉砕用石臼や廃鉱石が多数出土したことから事実であると証明されています。高子沼には、伊達政宗が豊臣秀吉に伊達郡を召し上げられたとき、土手を築いて沼とし、金の精錬所跡を隠したという伝説が残っています。
 「福島の鉱山」では、その出土品を「極めて簡易な石臼と共に鎌倉時代の遺品を存し、頼朝征伐の際、坑口を水没せしめて沼としたという伝説を裏書きし、また湖畔には徳川時代の金鉱粉砕用石臼を畄(と)めいている」とした。それを、「中世のものと見られる鉱石粉砕用石臼や廃鉱石が多数出土した」とし、伊達政宗が隠したのも精錬所としているという違いだ。
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by shingen1948 | 2016-07-29 08:54 | 福島の鉱山 | Comments(0)