地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の鉱山27~信夫地方の鉱山「松川鉱山」⑨

 昨日の整理で、当時ラジオはなかなか手が出ない高級品だったはずだとし、我々でもそのラジオの世界に手が出せる接点として鉱石ラジオがあったはずだとしたが、ちょっと心配になった。というのは、この前提の話は自分の経験によるもので、もし自分の経験が特殊なら、この前提は崩れるからだ。

 自分が小学校の時代、会津若松には「若松ラジオセンター」という電気屋さんがあって、当時、ここではラジオを組み立てて販売していた。注文を受けると、〇〇スーパーなる高級ラジオを組み立ててくれるのだ。
 我が家でも、その高級ラジオを組み立ててもらったのだが、その音の良さや安定感に感激したものだった。
 近所には、この組み立て技術者が下宿されていたのだが、この高級ラジオを組み立てられた方ということで、小学生だった自分にはあこがれがあった。

 そんな時代に、高校生の従弟に自分で組み立てたというゲルマニュームラジオを聴かせてもらったのだ。この感激も強烈だった。しかも、このゲルマニュームラジオなら小学生の小遣いでも簡単に手に入れることができるというのだ。
 それで、その従弟に頼んで部品を買ってもらい、その工作を教えてもらいながら自分で組み立てたのが、最初に手に入れたラジオだったのだ。
 思い出したのは、これを肌身離さず持ち歩いていたことだ。長い金属部を見つけては、それをアンテナに試してみていたのだが、河川沿いの通信線にアンテナ部分を接触させた時に、ラジオ以外の音声も聞こえたという秘密も思い出した。
 これが、昭和の半ばの会津の小学生の体験だ。

 そこからの想像で、大正時代のラジオはもっと高級感があっただろう。また、「鉱石ラジオ」は、「ゲルマニューム」検波部分が、まだ「鉱石」で、この鉱石へ金属針を接触させて適切な整流作用のある位置を探るものだったという想像の広げ方をしてみていたのだ。
 発明クラブの講師の方の話からは、少なくとも松川地区という狭い範囲なら、似たような感動体験があったとの想像はそれほど間違ってはいないようにも思うが、どうだろうか。
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by shingen1948 | 2016-07-16 11:46 | 福島の鉱山 | Comments(0)