地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の鉱山25~信夫地方の鉱山「松川鉱山」⑦

 「松川のあゆみ」では、近年の「松川鉱山」繁栄のなごりの遺跡として、製錬所の廃墟の跡、六本松と仲の内変電所、山神社を挙げる。
 念頭操作の段階だが、「製錬所の廃墟の跡」については確認できたが、変電所と山神社については、まだ確認できていない。今回は、山神社の確認をする。

 「松川鉱山」が活況を呈していたころ、山神社の祭りには花火が打ち上げられ、出店が並び、多くの人たちで賑わったということだ。
a0087378_11205291.png その山神社の位置が地図では確認できない。とりあえず国土地理院の地図上で「松川鉱山」近くにプロットされる神社が3つ確認できる。それを赤〇印で示す。
 ヤフー地図では下不動近くの神社近くの建物を「下不動」とするのをみる。また、グーグル地図では、「上不動堂」を示す建物が読める。その近くの山を不動山とするものと板山とするものをみる。

 この図で、「関根」と「小金塚」を示してみたのは、「松川のあゆみ」に、「もともと山神社は、小金塚から関根に越える山道のそばに祀ってあった。高さ約80㎝ぐらいの凝灰岩質の石の祠であった」との位置情報をみたからだ。
 この神社は、瑞宝鉱業時代、平石氏が山腹に立派な山神社を新築し、道端にあった石の祠を遷宮してお祭りしたのが、現在残っている山神社であるともある・

 少なくとも、その道沿いにプロットされる神社が、その候補の一つとみる。航空写真を見ると、それ自体の確認はできないが、その道を挟んだ南側の山肌が、人工的で大規模な掘削痕と思われるものが見える。
 山頂の神社も航空写真での確認はできないが、昭和50年の写真ではよく分からなかったが、昭和22年の航空写真ではこの東側山肌に人工的で大規模な掘削痕と思われるものが写るような気がする。
 なお、小金塚から関根に越える山道のそばに祀ってあった石の祠建立時代は不明なようだが、「松川のあゆみ」では、破風に下り藤の紋が刻まれることから、蒲生氏経営時代の建立に想像を膨らませているようだ。

 「松川のあゆみ」が、鉱山繁栄のなごりの遺跡として挙げる六本松と仲の内変電所については、今も確認ができていない。この山頂近くを高圧線が北西から南東に向けて走るのは確認できるし、この辺りが「仲の内」であることも確認できるが変電所が確認できない。
 ここからは、実際の確認しかないのだが、今のところは出かけるつもりはない。
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Commented by TUKA at 2016-07-14 22:14 x
手持ちの県別マップルに変電所が載ってます。
関根から鉱山のある峠を越えたところに丁字路。
そこから北に300m進むと左カーブがありますが、
その道路西側に「松川変電所」とあります。
各サイトの航空写真やストリートビューでも、変電所跡や南側の鉄塔が確認できます。
これが「仲ノ内の変電所」だと思われますが、六本松は不明です。

「なぜこんな場所に変電所が?」と思ってましたが、
まさかこれも鉱山関連だとは思いませんでした。
しかも2棟もあったとは。
精錬所の休止と共に不要になったはずですが、変電施設は最近まであったようです。
Commented by shingen1948 at 2016-07-15 09:48
情報ありがとうございます。
確認してみました。ここが変電所跡とは気づきませんでした。さすがですね。
by shingen1948 | 2016-07-14 11:22 | 福島の鉱山 | Comments(2)