地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島の鉱山24~信夫地方の鉱山「松川鉱山」⑥

 「ふくしまの歴史(近世)」では、信夫地方の鉱山業として大笹生鉱山を中心に解説し、この鉱山近くの小池鉱山についてその他の鉱山としてふれるに過ぎない。
 しかし、明治以降という時代に限れば、この「松川鉱山」の方が栄えていたということのように思える。
 「松川のあゆみ」によれば、その最盛期は昭和9年から昭和14年頃で、従業員数500余人、社宅も設立されたという。その職種をひろうと坑内夫、製錬夫、雑役夫、選鉱婦が主なものか。
 「福島の鉱山21~「松川鉱山」③」でふれた昭和9年に完成した製錬場だが、1500屯の処理能力のある青化製錬場で、ここには分析所も併設されていて、化学的に純金と純銀とに分析することが可能になっていたということだ。
 毎月金が20㎏、銀が400㎏産出されていたといい、国内でも重要な鉱山になっていたという。
 当時の採鉱設備は、手掘りからコンプレッサーによる削岩機に移り、掘削作業が一段と発展していたという。坑内採掘は、排水ポンプ等の設備導入で水準以下の採掘が可能となり、山神竪坑では地下200mに達したという。

 「松川のあゆみ」では、その繁栄のなごりの遺跡として、製錬所の廃墟の跡、六本松と仲の内変電所、山神社を挙げる。
 「製錬所の廃墟の跡」については「福島の鉱山21~「松川鉱山」③」でふれたが、変電所と山神社については、まだ確認していなかった。とりあえず、今は山神社確認中だ。
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by shingen1948 | 2016-07-13 18:04 | 福島の鉱山 | Comments(0)