地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

福島の鉱山⑳~信夫地方の鉱山「松川鉱山」②

 前回は、目にした「松川鉱山」の一番広い範囲を示す位置情報を元にして整理した。この鉱山は、いろいろな位置情報が混在している。歴史的に古く、その沿革とのかかわりやその規模とのかかわりで、「松川鉱山」とされる範囲が違うということのようだが、よそ者にとっては混乱するところでもある。

 前回の「松川鉱山」の位置は、「松川のあゆみ」の附録資料として添付される「町川町全図」では、熊田の高まりと不動院のある日向山とのあいだの谷地の不動院側奥地に「「松川鉱山」」を示している。また、それとは別に赤貝森の高まりと小池の山との間の谷地の小池の山裾に「小池鉱山」をプロットしている。
a0087378_9514633.png 昨日プロットした図に、それを付け加えるとこんな感じだ。

 「鉱山情報・鉱物産地情報 福島県近郊」というページの【鉱山情報・鉱物産地情報】に、この「松川鉱山」が紹介される。
 http://www.ja7fyg.sakura.ne.jp/kouzan/matukawa/matukawa.html
 製錬所跡の写真が掲載され、次のような紹介文が記される。
「 福島市近郊には金山跡が多くあり、松川鉱山は鎌倉時代の発見と伝えられ戦国時代は会津の蒲生氏によって経営された。
 大正の初めに再開され、昭和3年瑞宝鉱業(株)の経営に移り昭和9年青化製錬場を設けたが昭和18年の金山整備令により設備を撤去し、 休山となった。現在は製錬所跡が残っている」
 この写真の製錬所跡は、昭和3年から昭和18年まで経営していた瑞宝鉱業(株)経営時代の設備であることが分かる。
 その位置については記されていないが、今回の図で「松川鉱山」の位置としたこととかかわるのだろうことが推測できるのは、次の注釈があるからだ。
 「東北自動車道の近くにあり、坑道の上部の松林であちこちが陥没しており坑道の多くは落盤している。近くには金谷川鉱山・松川北鉱山・松川南鉱山・小池鉱山・信夫鉱山など金や銀の鉱山跡が多数ある」

 ここでいう「金谷川鉱山」は、先に整理した鉱山で、「小池鉱山」が今回プロットした鉱山であり、今回整理の「松川鉱山」と「小池鉱山」との間に「松川北鉱山」を想像し、今回整理の「松川鉱山」と昨日整理の安達郡吉倉との間の板山あたりに「松川南鉱山」を想像できそうに思えたということだ。
 なお、ここでいう「信夫鉱山」というのは、高湯の硫黄鉱山を指すように思うので、今回の確認は省略する。
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by shingen1948 | 2016-07-06 09:54 | 福島の鉱山 | Comments(0)