地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

福島の鉱山⑯~信夫地方の鉱山「大森鉱山」

 昨日整理の「大森鉱山」の続き。

 「玉の森」周辺の散歩では、大森金山をまったく意識していなかった。
 その山中で探したのは、山王道の道筋だった。うまい具合に配水槽が目印となって見当をつけることができた。
 この配水槽の東側を回り込む道筋に沿っていけば、山頂も目指せそうだということも分かった。ただ、山頂に行ってみたいとも思わなかったので、そのままになっていた。
 また、この「玉の森」は、観音寺の「古佛塔由来」によれば、観音寺開祖の地なのだそうだ。ここで観音寺が焼失したことで、現在地に移ったということらしかった。
 この南側の山が、好国寺であり、その西側の山々には、先に散策した下鳥渡の寺々があって、宗教的な雰囲気の中での散策に、新たな情報が一つ加わったということだった。

 今回の散策で大森金山を意識したので、それに似合う写真を探してみた。
a0087378_1985910.jpg この石子地区から「玉の森」の配水槽を眺めた写真はどうだろうか。
 「福島県大森金山の地質鉱床(渡邉萬次郎)」の東西に延びる坑道の西端が、この石子地区に描かれている。坑道は、ここから「玉の森」山頂付近を経由して黄金八幡社―城山の観音堂辺りまで伸びている風に読み取れる。
 案内板では、「大森城山と西方睡眠山(黄金八幡)とその西にある玉の森山に坑道の跡が残り往時を物語っています」と解説され、「福島県大森金山の地質鉱床(渡邉萬次郎)」の沿革にも「鉱区の一部玉の森には珪化石英粗面岩質凝灰岩中数個の竪抗存在し、往時探鉱の跡の如し」と解説される。地表から読み取れることなのかどうかは分からない。

 「玉の森」と「黄金八幡社」の間も散策しているが、この時に意識していたのは、城裏口の石造供養塔とか、福島市民家園に移築復元された旧奈良輪家(福島市指定有形文化財)の旧地だ。
 城裏口の石造供養塔整理は、城山供養塔の板碑、北舘供養塔について整理したので、その延長で城裏口の石造供養塔(板碑)を整理した。旧奈良輪家は、その板碑の道を挟んだ北側という位置関係だ。
 この時の散歩は、旧山田村を意識していて、好国寺はこちら側を正面としている。「福島県大森金山の地質鉱床(渡邉萬次郎)」の地質図で見れば、旧平田村の意識だったということだ。
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by shingen1948 | 2016-07-01 19:09 | 福島の鉱山 | Comments(0)