地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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信夫山散歩情報の確かめ~羽黒権現⑫

 「信夫山めぐり【梅宮茂著】」では、「馬の足あと石と名月の句碑」のある岩場には、近年まで近隣の養蚕農家の信仰が厚か馬頭観音堂があったことが紹介されていた。本尊であるその馬頭観音は確かに真浄院にあるのだが、文化4年編成の信達百番巡礼札所で、真浄院観音が札所三番とすること疑義を示していた。
 先の整理では、その確認が曖昧だったのだが、「信夫の里の札所巡り【梅宮茂著】」に、その疑義についてのやや詳しい解説を見つけた。
 札所3番の「羽黒山観世音」についての解説ページに、コラム形式で次のように紹介されていたのだ。
 札所3番はどこか
 ある本に札所3番は清明町の真浄院だと書いて混乱したことがある。
 信夫山の羽黒権現の別当山伏寂光寺(天台)が仙台に移り廃寺になった時、真浄院 (真言)が代理をやったのは事実で、明治の廃仏毀釈の時、本地仏、仏具、銅鐘、仁王門まで真浄院のものとなった。今、真浄院にある観世音(古くは千手観音)は羽黒権現の本地仏であって、札所観音ではない。
 安洞院の「信達百番巡礼簿」の第9番に真浄院持ちの札所がある。「御山権現御坂馬頭観音」とある。羽黒神社の下の「名月の句碑」の後に「馬頭観音」の小祠があった。蚕神として、馬神としての信仰が厚かったが、今はない。
 梅翁閑話
 ある本にというのが「信夫山めぐり【梅宮茂著】」で、その「札所3番は清明町の真浄院だと書いた」のが、次の部分だろう。再掲する。
 …(前略)…、近年まで馬頭観音堂があり、本尊は馬鳴菩薩に似ているので養蚕農家の信仰が厚かった。文化4年編成の信達百番巡礼札所で、本尊は真浄院にある。これを誤って真浄院観音が札所三番と称するが古伝ではない。
 「今、真浄院にある観世音(古くは千手観音)は羽黒権現の本地仏であって、札所観音ではない」という部分が、先に整理した「真浄院は、『信夫新西国三十三観音霊場』では『札所二番』であることは分かるが、その本尊は「千手観世音菩薩」のようで、馬鳴菩薩に似た馬頭観音ではなさそうだ」としたこととかかわるのだろうと想像する。
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by shingen1948 | 2016-04-14 08:31 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)