地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

「福島民報」が伝える渡利模擬原爆投下記事⑥

 前回、市民ミュージカル「人類の破片」にかかわる近況を知らせる【朝日新聞(2015/8/20)】の特集「『戦後70年 福島から』~模擬原爆 伝え続ける」の記事を見つけたことを付け加えた。その記事によれば、「人類の破片」は、2011年の原発事故のためにミュウジカル上演を断念しているということのようだ。渡利の放射線量が福島市内でも比較的高く、子どもたちを集めることができなかったということのようだ。朗読という形でその精神はつないではいるようだが、残念なことだ。
 原爆にかかわるイベントが原発事故のために中止になるということで思い出すのは、原爆批判の美術品が、原発事故によって福島では見ることができなくなったということだ。
 東京の文化発展のために背負う福島の文化にかかわる代償は大き過ぎる。

 人的被害の報じ方を確認してきたところだが、今度は物的被害についての報じ方を確認する。
 記事を確認すると、物的被害については、実情を報じるというのではなく、ここでの被害の反省を生かして、次の空襲に対応する観点でその対策が報じられている。
 記事では、実際の被害については概観的に「現場附近の家屋に爆風のいたづらがそちこちに見られることと爆弾投下後数十分を経てから弾片による小火の発生をみた」ことに集約する。 
 「そちこちに見られ爆風のいたづら」が、具体的にどんなものだったのかについてはふれないで、以下の対策に報道の重点を置いている。
 〇 ガラス類で特に屋内のガラス戸、窓等であるガラス戸、窓は空襲警報発令と同時に取り除く事の徹底
 〇 建具を全部ガラス戸とした場合は、「全部紙を貼るとか、取りはづして置く事が必要だ、例へば戸、襖などを取りはずして置けば爆風は窓から窓へ抜けて被害も僅かで済む」とのこと。
 〇 今一つの戦訓は、普通の破壊用爆弾の破片でも火災が起るといふ事である。

 対策を報じるためにふれた実情から、被害の実態を想像し、他の資料から知りえた被害情報を見比べ、実際の被害を推定してみたい。
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by shingen1948 | 2015-11-15 08:21 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)