地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「福島民報」が伝える渡利模擬原爆投下記事③

 この記事の内容を確認していて気になるのは、被害を最小に見せたい意図が感じられることだ。このことに関しては先に整理している。
a0087378_635369.jpg 今回は、「語りつぐ『戦争の記憶』」にも参加してお話をお伺いした。その中心的な話題ではないのだが、どなたもふれられたのが、空襲にあった時の待避の姿勢だ。爆風で目や内臓が飛び出さないように、口と目を手で押さえ、地面に伏せるのだそうだ。
 これを懐疑的に説明されるのではなく、その正しい姿勢をとることができたことが、生きのびることができたこととかかわるというような感じで説明されていたことだ。
 ということは、先に被害を最小に見せたい意図が感じられることとした次の記事の精神は、この時代を体験された方にとっては、今でも否定される価値観ではなさそうだと感じられた。
 否定的に、被害を最小に見せたい意図が感じられるとしたこの記事の別の読み取りがあるようだということを確認しておく。
 現場に伏せて助る 圃場護る烈々の農魂 
 畜生!敵機は遂に福島市郊外を襲って遁走して行ったが、昨日廿日朝いきなり落したのはたった一発、全くの盲爆振を発揮して水田に大穴を開け、徒に県民の物笑ひの種をまいたに過ぎなかった、この朝、逸早く警戒警報は発令されたが、流石に東北の農村魂は田の草取りに忙殺されてゐた『この田が俺達の戦場なのだ』―この気構へがいきなり爆弾の落下音が耳に入った瞬間、皆を畦の陰に伏せさせた、作物の被害は二枚の水田が埋った位で、あと附近の十枚ほどの田が吹っ飛んで来た泥塊を取り除けばこの秋の穫り入れには差支へない程度である、今までやゝ空襲騒ぎにおびえ過ぎてゐた感じのこの農村も、却って拍子抜けのした様な表情をしてゐた、落下現場から僅かに卅米位しか離れない所で田の草を取ってゐた尾形金市さん(五六)菅野文吉さん(四十)等は『ナーニ、俺等は泥を被っただけですよ』と至って元気だった

 この朝、逸早く警戒警報は発令されたが、流石に東北の農村魂は田の草取りに忙殺されてゐた『この田が俺達の戦場なのだ』―この気構へがいきなり爆弾の落下音が耳に入った瞬間、皆を畦の陰に伏せさせた、作物の被害は二枚の水田が埋った位で、あと附近の十枚ほどの田が吹っ飛んで来た泥塊を取り除けばこの秋の穫り入れには差支へない程度である、今までやゝ空襲騒ぎにおびえ過ぎてゐた感じのこの農村も、却って拍子抜けのした様な表情をしてゐた、落下現場から僅かに卅米位しか離れない所で田の草を取ってゐた尾形金市さん(五六)菅野文吉さん(四十)等は『ナーニ、俺等は泥を被っただけですよ』と至って元気だった

 『山の陰からいきなり爆音が聞えたと思ったら大きい音がしました、今考へるとあれが落下音だったんですね、雨戸を七、八枚一ぺんに開ける様な音がしたので、いきなり土の中にもぐる様に突伏したんですが―此れで助ったんです、田畑は俺等の死場所だから、あくまでも護り抜く覚悟ですが、ぼんやり立ったまゝでゐたりすると危険だと云ふことがハッキリ判りました 畔の蔭でも何でも物陰があったら素早く退避すれば恐しいとは思へない、素掘りでもいゝから穴を掘ることにします
 ―これ等の人達の話を現場の状況から判断すると、田畑の様に軟泥の土地に落ちたときの爆風は非常に死角が大きいといふことである 吹き上った泥はほとんどもとの落下現場に落ちて堆く積まれてゐることから見ても、待避の姿勢は出来るだけ低く伏せるのがよく『落下音を聞いたら伏せる』覚悟さへ常にできてゐれば、警報下と雖も田畑は護り通せるのだ、各被害地共通の敵愾心はこゝでも噴き上って、敵機はたった一発の爆弾で却って戦ふ農魂を振起した結果となってゐた、近くの国民学校の加藤校長も『思ったほどではありませんでした』と次のように語ってゐる

 ならばということで気になるのは、この爆弾で亡くなられた方をどう見ているのかということだ。 
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by shingen1948 | 2015-11-12 08:57 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)