地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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福島市史編纂室企画展から~「グランド0地点」④~「福島民報」記事から

 「福島民報」は、翌日の昭和20年7月21日、「福島郊外に投弾~水田に大穴・盲爆に市民は奮起」と題して、この渡利模擬原爆投下を伝えている。前回の整理時には、図書館のマイクロフィルムでこの部分を印刷させていただいたものを手持ちの資料としたが、部分的に読み取り切れていないところがあった。
 この展示では、鮮明な資料である上に、この記事の内容を清書したもので解説されている。

 この記事の中で、渡利模擬原爆投下にかかわる部分を確認すれば、次のようだ。
 「20日午前8時3分頃 突如福島市上空に爆音を響かせた敵大型機1機は 雲上を旋回し北東に機首を向けた際 置き土産に五百キロ爆弾1個を福島市郊外の水田に投弾するや そのまま北東部から洋上に逃げ去った。」

 ここでいう「敵大型機1機」は、B29のことだろうことは明らかだ。
 記事によれば、このB29が午前8時3分頃に雲上を旋回していたということのようだ。そのB29が北東に機首を向けた際、置き土産に五百キロ爆弾1個を福島市郊外の水田に投弾するのだが、ここに前の整理時の情報と重ねれば、それが午前8時34分ということになる。模擬原爆投下後、そのまま北東部から洋上に逃げ去ったと読める。

 前回まで投弾が着弾地点の南西とみていたのは、「北東に機首を向けた際」に投弾ならば、飛行機は南西方向からの侵入になるはずだと思ったからだ。ここが違えば、目標地点福島駅と実際の投弾の関係は曖昧になる。

 ここに、昨日整理の「東南の方」から侵入してきたという地元の情報を重ねてみる。
 この記事の前半に「雲上を旋回していた」とあることも考慮すれば、「東南の方」から侵入してきて、「雲上を旋回した」B29が、「旋回して北東に機首を向けた際に、渡利模擬原爆を投下して、そのまま北東方向に消えていった」ということになりそうに思う。
 これもありそうな気がする。
 そうならば、力のベクトルをも考慮して渡利模擬原爆を投弾地点が推定できそうに思う。
 着弾地点のやや南西地点という想像だ。このイメージも成り立つようにも思うが、どうだろうか。

 この想像と前回整理のパイロットの投弾目標証言を重ねれば、、「盲爆」などではなさそうだということが分かる。やや経度がずれただけなのだ。
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by shingen1948 | 2015-11-09 08:26 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)