地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

福島市史編纂室企画展から~渡利村警防団日誌の展示

 前回は自分の興味から「渡利村警防団日誌」を見てみたが、今回は展示会の趣旨からも整理しておく。

 展示会の解説では、この「渡利村警防団日誌」の資料価値については次のように示される。
 日々の活動や警戒警報・空襲警報の発令・解除の時刻、空襲の状況などを克明に記載されており、リアルタイムに記録された貴重な資料となっています
 その上で、今回の展示で読み取ってほしい意図を、次のように伝えている。
 福島市は空襲もなく、のどかだったという声を聞くことがありますが、昭和20年の七月は毎日、日によっては一日に数回、警戒警報・空襲警報のサイレンが鳴っています。警報がなった時刻などに注目しながらお読みください。
a0087378_5515971.jpg そういった意図のもとに「渡利村警防団日誌」が展示されるので、七月二十日の記載部分のコピーも展示され、その内容の清書も示される。
 昨日は、この部分から自分の興味につなげた読み取りを整理したが、展示は、それに加えて「昭和20年7月の渡利村の警戒警報・空襲警報の発令と解除」表も示される。
 更に、その発令回数が多くなったので5月1日から発令の種類によってサイレンの鳴らし方を変えるようになったことを地域住民への周知した部分も展示される。
 これらは、銃後の日常生活が、今考える日常生活度は大きく違っていることを感じてほしかったのだろうと想像する。

 こういった銃後の日常生活を背景に背負った中で、昨日整理の模擬爆弾が投下されたという経緯になるというふうに受けとめる。

 その銃後の日常生活の資料補強として、「塩通帳」や「軍隊手帳」・「徴兵適齢届」・「村葬」にかかわる資料などが展示されていた。
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by shingen1948 | 2015-11-07 08:45 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)