地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

福島市史編纂室企画展から~「グランド0地点」②

 今回示された「グランド0地点」は、こんな風景だ。
a0087378_4484514.jpg 前回、模擬原爆は西から放物線を描いてここに着弾して炸裂したとのイメージを持った。それで、その着弾の反作用によって、爆弾の破片は着弾地点から西方に散らばって被害を拡大したとすれば、渡利病院の南側が被害地だったとする情報と辻褄が合うと思ったのだ。

 しかし、今回の展示会で示された現地情報では、「東南の方から飛んできた」との証言が主流のようだ。展示される「渡利村警防団日誌」を模擬原爆資料として眺めれば、気になるのは、七月二十日の記載内容だ。
 渡利村警防団日誌
 七月二十日午前七時三十六分警報発令 一、同九時三十六分警報解除
一、同十二時十二分警報発令 一、同一時二十三分警報解除
一、二十日午前八時三十分頃東南方面ヨリB29大型一機雲上ヨリ
投弾五百キロ爆弾一個渡利字町屋敷約百閒西ノ
畑ノ中丹治石松、羽田徳之助所有ニ大穴をアケタ被害
ハ拾間四方深サ二丈ノ大穴ソレガ為水田約一町歩ノ被害
死者一名 火災五ヶ所カラ発火セルモ最小ニシテ処理セリ
字町部落家建物ハ相当ニ被害アルモ警防団員全員
出動シテ当日手伝ヲ行フ又国民学校モ相当ノ
被害アリ(爆弾ノ落ちた被害ハ穴ノ幅十二間深さ二十尺アリ)
 模擬原爆着弾とかかわるのは、次の部分だ。
 一、二十日午前八時三十分頃東南方面ヨリB29大型一機雲上ヨリ
 投弾五百キロ爆弾一個渡利字町屋敷約百閒西ノ畑ノ中丹治石松、羽田徳之助所有
 また、模擬原爆投弾とかかわるのは、「東南方面ヨリB29大型一機雲上ヨリ投弾」と記される部分だ。ここでは、福島駅南側を投下目標としていたのだが、東南方面から渡利の地点に差し掛かった時点で、見誤って投弾したという経緯とみているということだろう。
 なお、目視の投弾ではなく、計測による投弾だったことについては、先のアメリカ側の資料で確認している。ここで「雲上ヨリ投弾」とあるのは、目視の投弾ではなく、計測による投弾にした理由にもなっている。
 「8時34分を指して止まった柱時計」という別展示に添えられた羽田徳治氏の「忘れられない7月20日…」という文章でも、「東南の方から飛んできたように思います」とある。
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by shingen1948 | 2015-11-06 08:43 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)