地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

模擬原爆と福島④~模擬原爆着弾情報から

 講演会の中では、「福島市渡利に投下された模擬原始爆弾の痕跡と思われる跡」が写る「昭和22年米軍撮影」の写真が提示された。
 この情報は、自分にとっては、着弾地点の推定がより確実さを増すかもしれないという興味と、被害状況の実感が深まるという意味を持つということ。

 被害状況の実感が深まるというのは、以下のグランド0地点についての表現に視覚化された情報が加わったということだ。a0087378_3254343.jpg
 これは、その部分を拡大して示されたもの。
 当時の新聞記事では、グランド0地点を「約3反歩の大穴」と表現していた。いろいろ説明される中では、「爆弾の落ちた地点の穴は約90mで、暫くは沼になっていたため、その辺一帯(現在のわたり病院○付近)を「沼之町」と呼ぶようになった」と表現される。
 上空から撮影されたこの写真自体からその大穴が鮮明に実感できるという事ではなく、今までの情報と組み合わせると、この大穴の実感を得たような気にさせてくれるということだ。

 もう一つが、着弾地点の推定にかかわる情報として。
 着弾地点については、先にいろいろな情報を組み合わせて「グランド0」地点を想像しているが、まだ曖昧なところがある。
 この写真をもとにして確認していけば、「グランド0地点」が確実に特定できるかもしれないと思ったのだが、実際に歩いてみると、この辺りの風景は激変しているようで、ここだと言いきれるほど確実性が増したという事にはならなかった。
a0087378_3312336.jpg
 現況の風景の中で、写真の地点が比較的分かりやすいのは、集落の北西隅付近のこの風景だろうか。この風景の左側に写るお宅に沿って西に延びる道筋が写真に写っていると思うのだが、この道筋は今も健在で、これが先に整理した「グランド0地点は、この一角と推定する」とした写真に写る道筋につながっている。
 その道筋より寧ろ集落の北側を東西に走る道筋に近い付近が、その地点なのだろうという程度の想像はつく。 
 なお、ここに半沢氏の「フィールドワーク地図」の情報を組み合わせれば、ここに写る道筋が古くからの中心地だったところらしいということが分かる。その情報によると、この集落が「もと渡利村字町(渡利の中心地)このあたりはまわりの土地より1段高くなっている」ということであり、これが写真に写る集落でもあるということなのだろうと想像される。この道を挟んだ北東側に、渡利村役場があったり、初めて小学校があったりしたところだとことになるのだろうか。

 講演会の中で得られた着弾地点情報としては、着弾点は岩 郵便局から南に約100m以内付近ということやGPSで確認すると民家の駐車場と一致したというような情報、渡利病院との南側という位置関係など等々あったが、先に整理した時に確認した情報を越えるものではなかった。
 これらと地図との照らし合わせをしたことを持ってしても、確実にここがその地点という情報にはならなかった。ただ、今回、情報を得るたびに、自分の予想するグランド0地点より西に引っ張られる感じがしていたのだが、このズレが示す意味の想像がついた。
 それは、模擬原爆は、西から放物線を描いて着弾するということとかかわる。模擬原爆はその着弾の衝撃で炸裂するのだが、その爆弾の破片は、その反作用の力が加わってその西方に散らばって被害が拡大するという事になっていたのだろうという想像だ。その拡大した被害地が、渡利病院との南側ということなのではないかということだ。
[PR]
Commented by TUKA at 2012-10-31 20:05 x
昭和22年ではなく、23年の米軍撮影の航空写真でしたら「国土変遷アーカイブ」から閲覧(転載は不可)できますので確認してみました。
確かに旧渡利村中心の高台の西側に、白くて丸いものが写ってますね。
しかし1975年には圃場整備と宅地化が進んで消えてます。
位置は岩崎郵便局の南南西50m付近でしょうか。
左側に写るお宅のやや北側のように見えます。
不鮮明なのでよく分かりませんが、戦後10~20年ほどで炸裂痕は埋められてしまったようです。
にも関わらず「沼之町」との地名まで付けられたと言うことは、長閑な農村にとってよほど印象的な出来事だったということなのでしょう。
Commented by shingen1948 at 2012-11-02 07:10
情報ありがとうございます。
確認すると、地域の変化など連続的にみえるので、その位置が特定できるかもしれないと思って挑戦してみました。
しかし、岩崎郵便局前の東西に走る道筋の新旧道筋との兼ね合いが読み取れませんでした。
それで、集落の位置関係を確認すると、先に整理した時に自信がないのでさらりと地図に示した31-4付近という感じに変わりありませんでした。
ただ、講演会で話のあった民間駐車場が、その南にあり、集落との位置関係からは、そこまではいかないと思うので、30-1あたりという程度までは読み取りの誤差の範囲かなとも思いますが、……。
今のところ、そんな状況です。
by shingen1948 | 2012-10-31 05:24 | ◎ 福島と戦争 | Comments(2)