地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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気を感じて伏し拝む⑤~金沢黒沼神社

 半沢氏の伏拝にかかわるメモに「信夫山大権現(北方)を伏し拝んだというが、諏訪神社を(西方)を諏訪山からとか金沢の黒沼神社(南方)を伏し拝んだからとか諸説あることにも注意」とあった。その伏し拝むべき金沢の黒沼神社を実感できていないことが気になった。
 大森に車で出かける用事があったついでに、金沢の黒沼神社を確認した。
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 旧国道4号線の飯野への道筋途中に、金沢方向への道案内がある。この案内された道筋沿に進むと、国道バイパスにぶつかる。その右手の林が、金沢の黒沼神社のようだ。
 この少し手前右手に、美郷ニュータウンへの道筋が走る。その道筋を少し入ったところから、左手にやや細い道筋があるのだが、これがこの神社の正面に向かう道筋のようだ。これは、その美郷ニュータウンへの道筋からその神社の正面に向かう道筋に入る地点から見た黒沼神社の林だ。
 今は、近代的な高速道路と美郷ニュータウンへの道筋と金沢方向への道筋とで囲まれてしまっている。

 神社前に建つ案内板は、「羽山ごもり」と「黒沼神社十二神楽」について解説する。その「羽山ごもり」については、何度か耳にしたことがある。
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 国指定重要無形文化財
 昭和55年2月1日指定
 金沢羽山ごもり
 羽山ごもりの神事は金沢郷を開拓せし先人が、開拓の艱難辛苦に堪えるため、神と人との結びつきを選び羽山信仰を取り入れきびしい修練の予祝行事を行い、農耕を司る人づくりをしたのが起こりとされる。
 この神事は、金沢の男子が別火により旧11月16日より3日間(以前は12日より7日間)こもり屋に籠り水垢離を取り精進潔斎のなかで2日間の予祝行事が行われる。
 18日の早朝お山がけとなり羽山の山上にて、羽山神より翌年の金沢の全てについて託宣を受ける。
 この羽山ごもりは原始的な古い日本人の信仰の姿が残って居る貴重な神事である。依って重要無形民俗文化財として国の指定を受ける。
 左手にある社務所とあった建物が、その「こもり屋」だろうか。
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 これは、黒沼神社の雰囲気を確認するのに、神社前に迫る山を捉えようとして撮ったのだが、お山がけする道筋は、この写真の左手の細道だと想像する。
 この時点で、お山がけの羽山がイメージできていなかった。
 家に戻って、「黒沼物語」の表現と地図を照らし合わせて羽山を想像している。
 ここで以下のように紹介される「月峰の旧社地」が、この説明板の羽山だと思う。
 ここには、草ぶきの小宮に黒沼神社・倭武命・神明様が祀られている。黒沼神の旧社地は、海抜248mの月峰中腹にあり、金沢で一番高い山である。
 海抜248mの金沢で一番高い山を地図で確認すると、残念ながらこの写真では切れてしまった左手の山だと思う。
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 そこに向かう道筋の部分を拡大する。
 「黒沼物語」のこの山にかかわる表現をお借りする。
 ○ 月峰の山頂には昔堂が幾つも建ち、堂平の地名が付けられたと伝え、月峰の旧社の近くには、「御手洗池」の霊泉があり、どんな旱魃の年でも干し上がることはないと伝えられている。
 ○ 月峰は聖地とされ、昭和20年頃までは女人禁制の戒律厳しいところ金沢伝説の発祥の地である。
 ○ 堂平の澤には大蟹が住んだ伝説の「蟹沢」の地名があり、主の加藤屋敷跡は「西」の地名を残し、屋敷跡からは昭和20年ころ2寸程の金銅製観音像が出土している。

 伏拝から伏し拝むべき金沢の黒沼神社というのは、この「黒沼物語」がいう「月峰の旧社地」である海抜248mの金沢で一番高い山をも含んだ範囲を指しているのではないかと想像する。
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by shingen1948 | 2012-01-18 05:42 | ◎ 信仰と文化 | Comments(0)