地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

余目村の道路元標確認

 「下飯坂の六角石」を確認したのは、下飯坂の「舘」を確認した時だった。
 これを見つけたのは、「下飯坂の六角石」が、ずっと気になっていたからということもあるが、他所見の効用ということもある。
 主たる思いの方を整理して、それとかかわらないことを省いていることが多い。しかし、その省略した方も結構楽しんでいる。他所事を楽しむのも散歩のコツの一つだと思っている。

 館を確かめる少し前に、震災で崩れた本を片づけの手伝いをしたのだが、ここでも他所見をしていて、「奥の細道」にかかわる資料を見つけた。その資料には、この舘近くの飯坂道にかかわる記述があって、この六角石も記載されていた。これが、頭の片隅にあったということもある。

 この時に、もう一つの他所見があった。
a0087378_5112737.jpg
 余目村の道路元標を確認したことだ。
 明治22年、信夫郡下飯坂村、宮代村、沖高村、北矢野目村、南矢野目村等が合併で、信夫郡余目村になる。そして、昭和29年3月31日、福島市に編入されるという経緯をたどる。


a0087378_5124986.jpg
 この道路元標は、小学校の塀の側にある。
 「信達ニ郡村誌」では、信夫郡余目村合併前の「下飯坂村」、「宮代村」、「沖高村」、「北矢野目村」、「南矢野目村」が記述される。そちらを確認すると、散歩で休んだ貴船神社は、沖高村の村社で、熊野神社は下飯坂村の村社と言う事だったらしいことが分かる。飯坂古道の道筋も気になる。
a0087378_5142867.jpg 写真を確認していくと、これが7月末の風景ということだ。この時期に、この小学校は除染作業中だったことが分かる。
 そういう意味では、これは、季節便りということでもある。
[PR]
by shingen1948 | 2011-12-29 05:20 | ◎ 地域散策と心の故郷 | Comments(0)