地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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岩代清水の泉と池をめぐる~福島の水道とかかわって

 「八幡坂神社参道脇を流れる湧水の源の民家:福島の建築44」で整理した泉八幡神社脇を流れる清流の源となる民家の庭の池に焦点を当てたが、この付近池が多い。そのことを意識して付近を歩いていて、清水小学校と公民館脇の池が気になった。
a0087378_593839.jpg
 ただ気になった池として、一応写真に撮っておいただけだったが、これが「柳清水」の原点である池でないかと思えてきた。
 福島水道局の水道の歴史のページを開くと、その創設編で、「明治11年(1878)町内有志の尽力により、当時の泉村、柳清水の湧水を松の箱樋を使い引水したのが簡易水道の始まりです。その後、順次拡張され、設備は町有として松のくり抜き管に改め、水源も清水村森合の湧水による増強が行われました。」とある。そこに柳清水水源の写真が載っている。
a0087378_5143665.jpg
 公民館の地区案内板を確かめると、この池と思われる表示の脇に「柳清水遺跡」とある。
 これを簡易水道の始まりの「柳清水」と思ったのは、一つはその形状だ。木が立つ辺りが、写真の送水付近に似ている。それに、ここの注意書きの管理者が福島水道局らしいことだ。
 更には、柳清水という名称だ。柳清水というのは、地区名でもあり、この辺りの狭い範囲を指す。
 この範囲に、地図で池を示すのは3ケ所。その一つは、小学校と幼稚園の間の池であり、もう一つは、学校プールの位置であり、そして、この気になる池である。

 そういった状況の中での「柳清水遺跡」の案内だ。
 ここが、明治11年(1878)町内有志の尽力により、当時の泉村、柳清水の湧水を松の箱樋を使い引水した簡易水道の始まりの池ではないかと思えてきたのだが、どうだろうか。
 ※ 柳清水遺跡についてさんくるげさんから縄文遺跡という情報を頂いた。マホロンのデータで確認すると、柳清水の南東から清水内地内にかけての範囲の縄文遺跡であることを示していた。(2月3日付け加える)
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Commented by さんくるげ at 2011-02-02 00:47 x
いつも興味深く拝見しております。

柳清水の近くに住んでいますが、shingenさんのご推察の通り、清水小学校西側、学習センター分館北側にある記事写真の池が明治期に福島町までひかれた湧水・柳清水です。
○『福島市水道六十年史』(福島市水道局、1985年)p99、p971
○『ふくしまの歴史』4 近・現代(福島市教育委員会、2007年)p260
などがご参考になるかもしれませんね。

柳清水には弘法大師にまつわる伝説があり、コープマートいずみ店の西道路を挟んで西側の大清水(こちらも古くからの湧水)道路沿いの案内板にも紹介されています。
付近の湧き水を地図に落としてみましたのでご参考までに。
http://p.tl/Iomy

ちなみに学習センター分館の文化財案内板(この案内板、西道路の位置がおかしいのですが…)にある柳清水遺跡は、清水小学校の南東側にひろがっていた縄文・古墳時代の遺跡で、縄文土器・石包丁・土師器などが出土しています。
Commented by shingen1948 at 2011-02-03 05:14
情報ありがとうございます。
湧き水地図ありがとうございます。大清水やコープマート脇の配水池あたりも散歩していますが、大清水の西道路脇の位置は意識していませんでした。確認してみます。
気になっているのが、公民館の案内板で、福島水道水源とされる位置ですが、これが確認できないでいます。情報ありましたらよろしく。

柳清水遺跡、マホロンのデータベースで清水内まで含む地域確認しました。ありがとうございます。
Commented by shingen1948 at 2011-02-03 17:00
(追)
当方に、いくつかの読み違いが確認できました。
お示し頂いた福島町水源を刑務所水源と思いこんでいました。それに伴って、福島町水源が分からなくなっていたことを確認しました。
表示させるのに手間取って、湧き水地図の読み方も違っていたようでした。
すっきりしました。ありがとうございます。
Commented by さんくるげ at 2011-02-04 01:22 x
学習センター分館の案内板は、西道路の位置が実際より東側に描かれています。
http://p.tl/HPFa

『ふくしまの歴史 4』のp261には、「1903(明治36)年、福島町は人口が増加し、飲料水が不足したので、柳清水水源のほかに清水村森合字後口に新たな水源地(清水ほたるの里公園)をつくりました」とあり、ほたるの「里」公園内の湧水・大清水(森合字清水地内)の写真が掲載されています。
しかし『森合郷土史』p96によると、旧福島町の水源地は清水ほたるの「池」公園の石積みの池(森合字後口地内)のようです。『福島市水道六十年史』p130には、「現在の森合後口水源地」として石積みの池の写真も掲載されており、『ふくしまの歴史』の記述が間違っているように思われます。
http://p.tl/Kwuc
Commented by さんくるげ at 2011-02-04 01:23 x
(追)
森合の北西部にある湧水についてまとめてみますね。

<西道路西側>
(1)焼肉キングの北側にある「大清水」:
周辺の田畑を潤した湧水。現在は清水ほたるの里公園として整備されている(『森合郷土史』p36,84,95、『森合史跡マップ』)

<西道路東側>
(2)コープマートいずみ店敷地北側にある白の目隠しフェンスで囲まれた石積みの小さい池:
明治18年(1885)から信夫山南麓の監獄署の水源として利用された(『森合郷土史』p96、『森合史跡マップ』)

(3)上述(2)の北側、清水ほたるの池公園内にある小さい池

(4)清水ほたるの池公園内、上述(3)の東隣にある石積みの大きな池:
明治40年(1907)から福島町の水源として利用された(『森合郷土史』p49,96、『森合史跡マップ』、『福島市水道六十年史』p127-134)

『森合史跡マップ』の一部をスキャンしました。
http://p.tl/Ef0Y
Commented by shingen1948 at 2011-02-05 13:14
お手数をおかけしました。
ありがとうございます。
西道路の位置がずれていることで、示す位置が分からなかったということのようですね。

水源地の位置が確認できたので、拾い集めた経緯と組み合わせてみたいなと思っています。
Commented by TUKA at 2011-02-05 20:24 x
さんくるげさんがスキャンした「森合史跡マップ」と同じ地図が、
「森合歴史資料保存会」によって昨年夏、森合にある「ふたつやま公園」北部に大きな絵看板として建てられております。
同時期に「森合村図記碑」の説明板も建てられました。
こちらは館前駅西側になります。
ご参考までに。
Commented by shingen1948 at 2011-02-06 05:46
情報ありがとうございます。
散歩を楽しむヒントがもらえる案内板が多くなりましたね。
「森合村図記碑」につけられた説明板は、私も気づいていましたが、「ふたつやま公園」北部の案内板には、気づきませんでした。
今度確認してみます。
by shingen1948 | 2011-02-01 05:35 | ◎ 水 | Comments(8)