地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

「福島と戦争」~模擬原爆(パンプキン)投下22

 新聞報道は、これを軽微に扱いたかったことも伺える。
 「福島市業書」に、渡利に投下された新聞報道の記事が掲載されていた。
 「福島郊外に投弾 水田に大穴・盲爆に市民は奮起 <県警防課発表(正午)>」
 20日午前8時40分頃敵大型と判断せらるる少数機は県内に侵入、県下を行動したる後一部農村に無差別爆撃をしたる後9時33分頃東南部洋上に脱去せり、被害極めて軽微なり<注 被害地は渡利村沼ノ町地内>

 掲載されている記事によると、午前8時3分に大型機1機が現れたようだ。雲の上をしばらく旋回して北東に機首を向けた時に爆弾を1個投下したという。投下後、そのまま北東部から洋上に向かったということのようだ。
 ここでの爆弾の大きさは五百キロとし、その被害は水田約3反歩に大穴をあけた程度とする。
 大きさを五百キロとしているのは、恐らく大型爆弾という当時としての認識であって、故意に小さくしたという事ではなさそうに思う。ただ、その被害は、小さく見せようとする意図が感じられる。
 それは、記事はが「福島市の中心部から2㎞以上も外した」と続け、その被弾地を「山間の水田におちたものとみられ……」とすることからもうかがえる。その結論が、「敵の目的は『帰り際に、驚かせてやれという神経戦』」だ。
 更に、記事は、次のように忠告している。
 知ったかぶりをする人間が出たり 誇大に被害や爆弾の威力をお喋りする者が出やすいが、こんな者こそ敵の神経戦的爆撃に乗ぜられたと云うべきで、われわれはあくまでこの戦訓を好奇心を満足させる道具としてはならぬ。

 今自分がやっているようなことを、やってはいけないということのようだ。戦時中は、こういうことをしないというのが道徳だったという事のようだ。
 人的被害については、紹介されない。逆に、田圃を護るという農魂で、現場に伏せて助かった農民を紹介している。
 落下現場から僅かに3メートルぐらいしか離れない所で田の草を取っていた尾形金市さん(56)菅野文吉さん(40)等は『ナーニ、俺達は泥を被っただけですよ』と至って元気だった。

 記事の全体の意図は、空襲は恐れるに及ばないということだ。爆弾の落下音を聞いたら出来るだけ低く伏せて待避する覚悟があれば、空襲警報中でも田畑は護り通せるという。意図はゆがんでいるが、そこに事実らしきものが散りばめられている。それを拾う。
 ○ この朝、いちはやく警戒警報は発令されたようだ。そんな中で、罹災した地区では田の草取りに忙殺されていたということのようだ。
 ○ 作物の被害は2枚の水田が埋まり(記事の前半では約3反歩の大穴)、付近の10枚ほどの田に吹っ飛んで来た泥塊を被る。
 ○ 投下された瞬間、雨戸を7、8枚いっぺんに開けるような音がした。
[PR]
by shingen1948 | 2010-10-11 06:56 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)