地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「福島と戦争」~模擬原爆(パンプキン)投下⑳

 今まで確認してきた事を少し整理する。
 まず、福島の模擬原爆(パンプキン)投下は、新潟地区の原爆投下目標とかかわっているということだ。その具体的な投下目標として、次の10地点が選定されたことは、先に整理した。
 ○ 郡山地区:照準点参照保土谷化学工業①日本製錬会社(燐生産会社)②操車場郡山③軽工場郡  山
 ○ 福島:照準点参照市街地①軽工場福島②品川製作所
 ○ 長岡地区:①軽工場長岡②津上―安宅製作所
 ○ 富山地区:照準点参照市街地①不二越製鋼 東岩瀬工場②日満アルミニュウム会社富山③日本  曹達会社富山製鋼所

 次に、実施の段階になる。計画の段階では、福島が模擬原爆(パンプキン)投下とかかわりは福島と郡山の2地区だった。福島が2か所、郡山が3か所の具体目標だった。
 しかし、実際の投下になると、ここに平地区が加わる。それは、目標の変更があるからだ。それも実施している中で変更が決まるらしい。計画目標に投下できないと「第二目標」に投下し、突然登場する「臨機目標」などというものもあって、それで平にも投下されたということだ。

 新潟地区で福島の投下予定とかかわって実施段階で投下された地区も含めて模擬原爆(パンプキン)が投下されたところを整理すると、こんな感じだろうか。〇の中の数字は投下個数。
a0087378_634584.jpg 
 新潟地区の原爆投下目標地区内では、実施の段階で、其々の目標が計画の変更でつながる。
 そういう視点で見ると、福島地区、郡山地区、長岡地区への投下予定が、実施段階でそれぞれの目標が絡み合う。かかわりなく、突然の投下が、平・北茨城大津・保谷・八重洲への投下で、この事については、先にふれている。
 富山の投下と福島の投下はからまなかったようだ。

 確認を通して感じるのは、投下する側の計画の変更の決断の軽さだ。当たったかどうか判定が簡単なものが雲間から見えたら、それは目標になるという感じだ。そして、目標物に当たれば優秀、外れて被災が小さければ貧弱でしかない。
 被弾した側からすれば、重い決断であってほしいと思う。
 例えば、平第一国民学校へ被弾したのは、工場と見間違えたのではという考察を見る。
 ところが、実際は工業地帯の一角というのは、投下する名目でしかなさそうだ。あとは、命中を確認するための大きな建物であればいいということだったと思われる。それが学校だとか、近くに民家があるなどという意識はありそうもない。
 投下した側の感覚と被弾した側の感覚のずれのように思う。

 被災にかかわっては、体験談や実際の調査記録より公式記録や報道記録は小さいとのことだ。具体的には、郡山の軽工場と渡利の被害は微細とされているが、郡山の軽工場で15名、渡利では1名死亡者が出ている。これは新聞報道も同じようだ。
 こういうことが、表には現れない戦争の一側面なのだろうと思う。
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by shingen1948 | 2010-10-09 06:24 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)