地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「福島と戦争」~模擬原爆(パンプキン)投下④

 日本製錬会社(燐生産会社)と操車場郡山については、アメリカ側では、仕事内容を把握した上で、そこをターゲットにしている。
 郡山には、模擬原爆投下の目標がもう一つある。「軽工場郡山」とのことだが、福島の軽工場と同様に、これは仕事内容は把握されていなかったと思われる。
 ③ 90.10-無番号軽工場郡山
 この工場は、市の中心から西に1マイルの位置にあるが、未確認である。しかし、その潜在能力は日本の戦力にとって重要であろう。工場は東西400フィート、南北300フィートの大きさの一つの大きな建物からできている。その南に、東の軸に沿ったいくつかの小さな長方形の建物がある。

 ここから読み取れるのは、ターゲットになった理由は、規模の大きさのようだということだ。
 その位置をイメージするのに、1マイルを換算してイメージしようとしたら、これがいろいろある。1600m~1850mまでいろいろな換算の仕方があるようだ。現在は、1500mとのことだ。
 要は、軽工場郡山のおおよその位置を確かめたいだけなので、これらの違いは許容範囲。市の中心から西におおよそ1500mの地点と見当をつける。
 これを地図に当てはめてみると、おおよそ開成山公園辺りではないかと見当をつける。そこにあった福島製作所の1/5の大きさの工場ということだが、この工場、地元の方なら直ぐ思い当たるのだろうなと思っていた。

 思考は、そこでストップしていたが、最近ちょっと思い出した事がある。
 それは、15年位前に、この辺りに来なければならない用事があった時に困ったのが駐車場だったということだ。
 当時、この辺りは公共の施設が多いのに、その割には駐車場が少なかった。それで、この辺りで会議を開くとなると、車をどこにとめるかが話題になる。その時に公園の北側の工場跡地が話題になったことを思い出したのだ。確か日東紡の工場跡地だったような気がするのだ。
 市史で「11時40分、第3工場付近に爆弾投下したるも被害軽微なり」と記すことと重ね合わせると、その第3工場がその公園の北側の工場跡地に思えてきている。

 「被害軽微なり」と言うものの、確認していくと数名の死者が出ているようなのだ。そのひとりひとりに人生があると思えば、今の時代では違和感がある。そのことは、後で整理する。

 今日から、「カテゴリー」に「◎ 福島と戦争」を加え、整理しなおすことにした。
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by shingen1948 | 2010-09-23 05:09 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)