地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン

「福島と戦争」~模擬原爆(パンプキン)投下③

 福島のターゲットにされた工場について語られる事が少ないのは、実施の段階で目標を大きく外れて、渡利地区に落下したという事情があるようだ。
 同じ県内ということで、郡山の目標とされたところについても確かめておく。日本製錬会社(燐生産会社)と操車場郡山と軽工場郡山だ。
 ここでは、目標に投下されている。それでも、前の空襲について語られる陰に隠れているような気がする。それ程、それ以前の空襲の被害が大きかったのだ。
 そのため、ここでもこの模擬原爆(パンプキン)投下にかかわる目標については、確認した範囲ではあまり語られていないような気がする。ただ、その大きな被害をもたらした空襲の目標と一緒に混じり合って語られているのかもしれないとも思う。
 ① 90.10-1088 日本製錬会社(燐生産会社)
 郡山の日本製錬会社は、日本の化学工業を完全に破壊しようとする計画の優先目標リストの上で上位にある。事業は日本最大の燐の工場だと信じられる。一時生産に制限を加えられたために、生産している戦時物資の種類と量を詳細に知ることが不可能になった。

 ここでは日本最大の燐の工場と推定されていることが分かる。しかも、化学工業を破壊する計画の優先目標リスト上位だったということのようだ。
 照準点参照90.10-2025の保土谷化学工業も化学工場だ。この工場は先の空襲でもターゲットにされたようだ。2010/4/8の「毎日新聞(福島版)」で、こちらの郡山空襲が取り上げられ、この化学工場が、「4エチル鉛」の製造をしていたことがターゲット理由だろうとしているのを見た。

 日本製錬会社(燐生産会社)は、日本化学工業ではないかと思っている。今のところネットで検索している段階だが、その沿革を確かめると、大正13年(1924)に子会社として東洋電気工業(株)旧三春工場を設立して、黄燐、赤燐などの燐製品の製造を開始しているとある。昭和10年(1935)には日本化学工業(株)を合併し、郡山工場(燐製品)の工場を加えるという記事も見える。
 この会社なら、郡山駅南東で、保土谷化学工業の隣にある工場という事になる。駅の東の化学工業の工場地帯をターゲットにしたように思われる。
 ② 90.10-無番号 操車場郡山
 ほとんどすべての軍艦や商船が公海から駆逐され、効果的な機雷敷設で瀬戸内海の輸送が封鎖されたために、日本人は戦時補給の船舶輸送と同じように、輸送をほとんど全面的に鉄道にたよらなければならなくなった。そのために操車場は最近空軍の目標として重要になってきた。最も重要な操車場が、本州北部の郡山にあるものである。この操車場は、本州の北部地域と南方東京地域の間の交通を左右する。郡山の操車場は、市の東の外れに沿い、北から南へ6000フィートほどの長さがある。操車場の幅は最も広い所で300フィートある。

 操車場郡山は、東北と東京地域を結ぶ最も重要な操車場としてその目標にされたという事のようだ。郡山は、確認していくと軍都をめざしたようだが、それはこの交通の要所であったということとかかわるのだろう。

 ここまでが、アメリカ側では、この工場の仕事内容を把握していて、そのことがターゲットにされた理由であることが読み取れるところだ。
 もう一つの軽工場郡山の仕事内容は、把握されていたとは思えない。
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by shingen1948 | 2010-09-22 05:16 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)