地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「福島と戦争」⑨~模擬原爆(パンプキン)投下

 イギリスから戻ってきた土偶が展示されているという宣伝文句につられて、「ふれあい歴史館」に立ち寄った。
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 そこで、渡利に落とされた模擬原爆破片の展示を見つけた。その破片は、瑞龍寺の破片に比べて、やや焼けただれているような気がする。
 興味深いのは、瑞龍寺の模擬原爆破片の他にもあるということが一つ。

 もう一つが、そこに表示されている内容だ。 
米軍500キロ爆弾破片
 昭和20年福島市渡利に降下(投下?)セルモノ

 渡利に落とされた模擬原爆は、4.5tのはずなのに、これが「500キロ爆弾破片」とされている。案内表示も、「500キロ爆弾破片 福島市教育委員会蔵」とされている。「500キロ爆弾」というのは、固有名詞化されているようなのだ。
 想像するに、ここに記載された段階で、常識と照らし合わせて一般的に渡利に落とされた爆弾は「500キロ爆弾」だったと思われていたということではないかと思うのだ。
 それは、大型爆弾が落とされたとしての常識なのか、当時の普通の爆弾の常識なのか、被害から見たやや小さめの爆弾の常識なのかは確認できなかった。

 少なくとも4.5tという模擬原爆の大きさは、当時の常識の9倍の大きさということになるのではないだろうか。
 このことは、予定通りに事が進んだ時の想像にも当てはまる。
 予定通りなら、福島市街地の西端に2発の4.5tの爆弾が投下されるが、これが、当時の常識の9倍の4.5tという大きさの爆弾で、それが2発ということだ。
 単なる重さではなく、そこには「充分な殺傷」能力のイメージもあって、これも上方修正されてしかるべきかと勝手に思う。
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by shingen1948 | 2010-09-04 05:58 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)