地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「福島と戦争」⑨~模擬原爆(パンプキン)

 渡利に落とされた爆弾は、高度3万フィート「約9千メートル」から原爆を投下する練習を目的とする「模擬爆弾」だと勝手に思っていた。人類初の原爆投下を成功させるための投下訓練と、爆発後の放射線から逃げるための急旋回(急転、退避)の訓練ならば、「模擬爆弾」で充分なはずという思い込みがあったようだ。
 しかし、そうではなさそうだ。殺傷能力の高い4.5tの大型爆弾だったようだ。その大型爆弾を、本当は福島市街地近くの北西隅の工場へ2発投下するはずだったということらしい。
 投下目標は、福島の北西隅に位置する福島製作所と福島高校南にあった品川製作所だった。ところが、7月20日テニアン島を1時20分に飛び立った2機のB29は、一機がエンジントラブルで引き返したというのだ。それで、1発だけの投下となったということらしい。
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 その一機も、福島まで来たところ、曇りで目視投下が出来なかったとのことだ。それで、上空9000mからレーダーで投下したところ、目標を逸れて、8時33分に渡利の水沼に落ちたということだ。
 投下地点は、展示された航空写真にプロットされているが、そこからその地点を読み取れない。わたり病院付近の「沼之町」ということと、半沢氏のフィールドワーク地図を頼りに推定する。
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 実際に出かけてみたが、現地は住宅地になっていて、その痕跡もなくよく分からない。カメラを、その地点と思われる方向に向けてみる。廻りをぐるりと回ってみたが、爆弾の落ちた地点が沼になっているという痕跡は見当たらない。

 ここでの整理のポイントは、殺傷能力の高い4.5tの大型爆弾の被害ということになる。
 爆撃で亡くなった斎藤隆夫さん(享年14)は、もし模擬爆弾なら亡くならなくても済んだはずだ。
 整理のポイントは、その状況だろうか。投下地点から約30m離れた自宅近くの田んぼで、爆風に襲われて亡くなったということだ。その爆風で2軒の家が焼けている火炎の状況のだろうか。
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 福島製作所と品川製作所については、展示された地図から読み取れる。福島製作所は、現在の工場の奥羽線寄りのあたり、品川製作所は、盲学校あたりと見当をつけて、目標地点と、投下地点の関係をプロットしてみる。
 なお、福島製作所は、軍需工場としては、戦車キャタピラ等を製造していたという。「福島市史」の中では、兵器(火砲)としている。民需生産としては、鉄道車両部品としている。品川製作所は、軍需工場としては、飛行機の精密機器を製造していたという。「福島市史」では、航空部品とし、疎開してきた工場としている。
 レーダーで狙われたのは、説明の文意から福島製作所が推定される。それが外れて渡利に落ちたということのようだ。

 予定通りに事が進めば、福島市街地の西端に2発の4.5tの爆弾が投下され、渡利の状況から、その被害は半径2㎞に及んだはずだということだ。

 模擬原爆投下は、「人類初の原爆投下を成功させるための投下訓練と、爆発後の放射線から逃げるための急旋回(急転、退避)の訓練」+「充分な殺傷」を目的としていたということのようだ。
 道義的な名目のために目標を軍事工場に置いているが、充分な殺傷を確実に実行できることも想定しているらしいということだ。

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by shingen1948 | 2010-09-03 06:38 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)