地元学でいう「風の人」として足元を見つめたり、できことを自分の視点で考えたりしています。好奇心・道草・わき道を大切にしています。


by シン
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「福島と戦争」③

 山根第一工場は、先に「信夫三山⑰ ~ 羽山⑬」として整理しているが、この工場を実感するのには、確実な2点が必要だ。その確実な2点間を、調査資料などから得られる寸法から、頭の中で刻んでいくと、その規模がイメージできる。
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 先の整理では、その一点を曖昧にしている。
 調査で入抗したと思われる点で、調査資料などから読み取って推定したが、ほぼ間違いないだろうと思ったのは、地下からの通風の気配だ。現場では、その点ともう一点をもとにイメージを広げている。したがって、実際には、東西に走る坑道をイメージしている。2点間を4等分すれば、その地下を走る坑道の位置がイメージできて、そこから等間隔に北側に伸ばしたところに、もっとも北側の坑道をイメージするのだ。
 それから、眼の前の坑道をイメージする。
 124mの長さで、入口から25mまでの間は、幅1.8m、高さ2mの狭い坑道。25m進んだ地点からは、幅5m、高さが3mの広い坑道になっている。
 この連絡坑に直角に、14m間隔で、6本の幅5~6m高さ3mの坑道が掘られているという。そこに、旋盤等の機械が設置されていたと想像しているらしい。
 この時には、先に西側から烏ケ崎に散策していることもこのイメージには役だっているかもしれない。さらに、北側のイメージの広がりは、射撃練習場から西の景色と重ねるといった具合だ。
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 その坑道の中に、トロの軌道用枕木が敷設されていたらしい。
 落盤防止用の支柱はなく、高さ2mの岩石には、掘削中に明りとりとして使った跡らしい油壺が数か所あるのを確認したということだった。
 この模型は、その北側2本の坑道を、そんなイメージを持って作られたものなのだろう。そのイメージまで伝わるのはなかなか難しい。この模型の左側が、警察射撃場につながるあたりだろうか。

 その脇に展示された遺物には、確かに電灯用のガイシがあって、これがそこに転がっていたものだろうと想像しながらみている。
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by shingen1948 | 2010-08-28 06:02 | ◎ 福島と戦争 | Comments(0)